婚約を解消したら、元婚約者の債権者になった件
パリのオートクチュール・サロンの空気は、金と恐怖の匂いがした。
私がウェディングドレスを待ち続けて、もう半年。
なのに今、そのドレスはソフィア・ロス――今をときめくインフルエンサーであり、マフィアの婚約者ヴィンセント・カッシオの義妹――の身にまとわれていた。
サロンの支配人は冷や汗を滲ませ、私と、ベルベットのソファにくつろぐ男の間で視線を行き来させている。
ヴィンセント・カッシオが立ち上がった。
ダイヤモンドで縁取られた長いトレーンの折り目を、手でさっと払って整える。
「来週のプレミアで目立つ一着がどうしても必要なんだ。だから彼女に貸した。そこに既製品があるだろ?代わりに選んでよ」
その口調は平坦で、結論を覆す余地はなかった。
クリスタルのシャンデリアの下で、ソフィアは全身鏡に映る自分の姿に見入っている。唇には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
私は同じ鏡に映る自分を見た。
ジーンズに、雨で濡れたトレンチコート。
まるで道に迷った観光客みたいだった。
この一年かけて準備してきたすべてが、ひどい冗談に思えてくる。
反論はしなかった。
ただ、冷たかった。もう何も感じない。
私は指から5カラットの婚約指輪を外した。
それがガラスのローテーブルに当たり、鋭く乾いた音を立てる。
「あなたの言う通りよ、ヴィンセント。このドレスはもういらない。この結婚も......もう必要ない」