ご飯ちょうだい
私は桜井楓(さくらい かえで)だ。中絶手術を受けることになった。その直前、親友は私に尋ねた。
「もう彼氏との子どもまでいるのに、どうして急に別れようと思ったの?」
私はスマホを彼女に差し出した。「これが理由だ」
チャット画面は昼で止まっている。私は昼食の写真を岩崎悠斗(いわさき ゆうと)に送り、まずいと愚痴をこぼした。
4時間後、返ってきたのは【うん】の一言だけだった。
しかし、SNSでは彼が森川絵里(もりかわ えり)のランチ写真に「いいね」を押し、こんなコメントを残しているのを見つけた。【デリバリーばかりじゃ体に良くないよ。これからは今日みたいに、毎日俺が料理を作ってあげる】
その下には、2人のたわいないやり取りが延々と続いていて、楽しそうに話が弾んでいた。
私はその投稿を長いこと見つめ、それから入力途中だった【お昼は何を食べたの?】というメッセージを消した。
さらに上へスクロールして、私たちのやり取りを見返した。
この7年間、私はいつも悠斗に、どうでもいいような日常の出来事をたくさん話してきた。花のこと、草のこと、近くの野良猫のこと。最初の頃の悠斗は、嬉しそうに私とあれこれ話してくれた。でもいつしか、返事は「うん」とか「そうなんだ」といった、気のない相づちばかりになった。
それは、絵里が帰国してきたからだ。
好きな相手には、何でも話したくなるものだ。彼が私に話さなくなったことは、きっと誰か別の人に話していたのだ。
「桜井さん、手術ですよ」
看護師に名前を呼ばれた。
私は窓の外の空を一目見て、そのまま歩き出した。
悠斗……今日の夕焼けは、とてもきれいだよ。でも、私はもう、それをあなたに撮って送ろうとは思わない。